G・A作戦準備室

サークル重力天使のほめぱげ。主にダラダラとした告知とかキッチリとしたどうでも良い話。      発行する同人誌には18禁の物もありますが、ここは全年齢なのです。

見せられる範囲で公開なのです

うひぃ、時間が。
取り急ぎ、メインヒロインの画像あげちゃっていいよーとのお達しがあったので早速ペタリと。
画像だと分かりにくいかもしれませんが、きょぬーさんです。
ルカさんサイズです。
誰得つったら完全に俺得です。
ミソラ・キャラ設定画


ほいで、前回うpった奴だとキャラや世界観は分かってもどんな風になるのかわかりづらいかなと思い、ネタバレになるの覚悟で本編の前半部分をガッツリ掲載しておきます。
中身分かった方が手に取りやすいですものね、と言う事で。

その日、私はいつものように日本語の新聞を片手に午前十一時に自室で株価を眺めていた。
父方の祖父は日本出身であったが、両親の方針で成人するまで日本的な物に一切触れてなかった私は、三十手前にしてなんとか日常会話程度まではこなせるようになっていた。
わざわざこの歳になってそんな事を始めたかと問われれば、自らの源流になる物を知る為などと言う大層な理由ではなく……単純にあの国のエスニックでユニークな魅力に惹かれてしまった。
であるから日本的な物にどこか羨望的興味を向けていた事は否定しない。
そして、自らの会話能力のテストと言う意味も兼ねて先日とある商品を取り寄せた。
日本人の酔狂が作ったと通信販売のサイトでは酷評されていたが、物は試しと私はそれを取り寄せていた。
もう間も無く届くであろうと目の前のモニターの時計を改める。
チャイムが鳴ったのはほぼ同時だった。
間も無く、六フィート強のボール箱に包まれた巨大な荷物が運び込まれる。
無意識に手をこすり合わせ、舌なめずりするのが分かる。実物はどうであるか、この目にするのも初めてだった。
梱包を解き、箱を開放する。プラスティックな梱包を捨て去り、スポンジ状の緩衝材に包まれていたイバラ姫。
しかし、私は王子ではないから静かに抱き起こすに留まる。
同封されたマニュアルによれば、うなじにある窪みを押し込めば目覚めるそうだ。
迷わず強く押し込めば、甲高くディスクの回るような音が響く。
直後に認証が開始される。全て日本語で回答しなくてはならない。
『まず、あなたの年齢、性別をお答えください』
電気的、機械的な合成音声に興を削がれそうになるが、私はその問いかけ通りに全て答える。
続けてGPS、タイムゾーン、衛星回線、ネット回線、電気入力の確認と続く。
きっとネイティヴな発音からすれば遠い日本語だっただろう。
しかし、そこは日本製。全て問題なく認証していく。
『それでは最後に』
「私に名前を与えてください」
迷わずに私は彼女に名付ける

――ミソラ――

迷いは無かった。
それは日本の代表的な歌姫の名前であるらしい。
ファーストネームを名付けようかと思ったが、それでは大昔の列車みたいでイメージと違いすぎると思ったから。
ミソラはそんな私の想いを理解したのかどうなのか。静かに微笑み返す。
「マスター、ステキな名前をありがとうございます。今日からミソラの事をよろしくお願いします」
うんと一つ頷き、思わず私は彼女の頭を撫でる。
散らかった梱包材の中心で彼女は照れ臭そうにはにかんで見せた。
ミソラがやってきて早速だが、私はすぐに彼女に注文をつけた。
半ば興奮し、英語交じりの日本語で私は言いつける。
「ミソラ、まず、その、日本のソング、歌。歌を私に聞かせてくれませんか!」
きっと変な日本語だったろうが、即座に彼女はにこりと笑い答えてくれる。
「はい、マスター。ポップスにしますか? それともロック? バラードとかも歌えますよ」
「ナーサリィライム! つまり、えっとドウヨウ、童謡だ!」
私の注文に対し宙を見つめ、何事か考えるも、即座にそれを判断し、では……と息を静かに吸い、歌い始めた

 兎追いし かの山
 小鮒釣りし かの川
 夢は今も めぐりて
 忘れがたき 故郷

 如何に在ます 父母
 恙なしや 友がき
 雨に風に つけても
 思い出ずる 故郷

 志を はたして
 いつの日にか 帰らん
 山は青き 故郷
 水は清き 故郷

歌詞の本当の意味、私はきっと理解できていないだろう。しかし、この歌に込められた何かに触れ、不意に涙が零れてしまう。
歌い終えたミソラは何事かと状況が理解できずにうろたえてしまうが、大丈夫だと制する。
怪しげな日本語を話す中年間近のエセ日本人と技術の申し子の奇妙な共同生活が始まった。

彼女は人形だ。
その由来は日本で開発された画期的な自立知能……つまりはAIを搭載したロボットである。
全ては優れた音声出力プログラムの発表から始まった。
可憐な少女のようなその声はすぐさま注目された。
発売された日本国内だけでは収まらず、波は世界中に拡がる。
陰りを見せていた電子音楽の世界に光を与え、既存の音楽の形を大きく変えてしまった。
波紋は津波となり、濁流になり、世界中を埋め尽くす奔流になった。
そのプログラムが優れていたのは声の素晴らしさ以上に「歌わせる事ができる」点だった。
どんな低音も高音もそれは歌いこなして見せた。どんな要求にも応えて見せた。
つまり……プログラムであったから。
だが、様々な経緯を経てプログラムは「彼女」となった。
その「様々」に関してはこの際省略するが……言うならばファンが彼女を育てた。
人格を与えられ、彼女だけの歌が生まれた。世界中の誰もがソフトさえ購入すればプロデューサーになれる。
確かに色々と問題は生まれ、議論が交わされたし、彼女の生まれた国では音楽に対するルールが変わった。
しかしながら、それは決して悪い事などではなく、むしろ音楽の多様性や普及方法がガラリと変わるきっかけになった。
そして、私の元にもそうして生み出された少女がやって来た。
だがプログラムのように無粋なディスクロムじゃない。
可愛らしい人の形の姿でだ。

ミソラは先述したプログラムの他に様々な画期的な技術が融合した結果生み出された。
自立稼動、自己保存、他者共存、感情共感、エトセトラエトセトラ。
並び立てるのは簡単だがつまりは「同程度の人間の少女として生活できる」レベルに達している。
恥じらいもすれば、危険な物を避けるようにする。共存する人間に対して友愛の感情を表し、稼動のために電力や水を自分で補充でする。
欠点らしい欠点と言えば、若干廃熱に余裕が無い事であろうか。
そのために水分の摂取をしなくてはいけないとはマニュアルにもある。
日本人のセンスは多少なりとも理解しているつもりだが、これだけは良く分からない。
きっと国土的にも水の有り余っている日本ならではのジョークなのだろうと類推してみたが、だとしても効率が宜しくない。
いつかメーカーに問い合わせるつもりだが、それ以外は然したる問題も無いので私は目を瞑る事にした。

ミソラがやってきて水の問題以上の問題がまず浮上した。
いくら人形とて彼女は人間と同じレベル、時にはそれ以上の人格を与えられている。つまり。
「マスター、居候の身で本当に申し訳ないんですけれど……あの、服を買ってください!」
「ワッツ!? なんだって、服? それはつまり、私がローテーションで服を着回しているのが問題なのかい?」
ブンブンと首を振り彼女は否定する。
「あたしのです、お洋服! 本当に申し訳ないんですけれど、あたしも女の子なんですから、オシャレしたいんです」
年頃の少女と同じレベルの人格……当然と言えば当然だろう。しかしながら、私は言葉に詰まってしまう。
つまりは、その。
「えっと、私に買い物に付き合って欲しいと言う事か?」
ミソラは真剣その物と言った感じに肯定する。さて、困ったぞ。いくらなんでも年頃の少女の少女が服を買う店なんて分かる訳も無い。
いや、むしろ分かる同年代の男性がいるのならば見てみたい物だ。
「通信販売ではダメですか?」
「マスターは乙女心が分かってませんねー……それに、ちゃんと自分の目で選びたいんですよ」
そんなミソラのしぐさや表情がドキリと胸を打つ。待て待て、仮にも私は三十前の大人で、彼女は十五、六の少女を元にした人形で、これも全部プログラムで。
けれど、妙な気恥ずかしさが込み上げてしまう。否応無しに湧き上がる羞恥心だったが、咄嗟に妙案が思いつき、口に出す。
「確認するが……ミソラ、君は英語の発音が出来ないんだったね?」
「はい。発音の関係から日本語の発音のみに最適化されており、英語は単語レベルでは認識する事は出来ますが、会話は不可能です」
宜しい。ならばと私は続ける。
「良いですか。これから外出する時は日本語だけで話してください。分かったですか?」
ニコリと彼女は微笑み、その内容を認識する。
つまり、英語の話せない日本から来た遠縁の親戚と言う事にする。
あいも変わらずおかしな日本語で話す私にミソラはきちんと受け応えてくれる。
暫くはこれで大丈夫だけれど、いつかキチンと彼女に正しい日本語を教えてもらうなんて事もあるかもしれない。
とりあえずそんな事を考えながら私は出かける準備をする。

ブルーの車体に右ハンドル。アヒルのような顔をした半世紀以上も前のガソリン車の助手席でミソラは呟く
「これは……フェアレディZ。初期型の30型ですか?」
「はい、こっちではダッツンZって呼ばれています」
「けれど、右ハンドルなんですね」
良い所に気がつく。随分と知識も豊富なのだと、思わず私も饒舌になってしまう。
「こちらで販売されたのは左ハンドルだけなんですけれど、これは日本の中古の物をヨコスカで見つけてきました」
「古いけれど、とても良い車だと思いますよ」
そんな彼女の口から出る言葉がプログラムされた物だと分かっていても気分が良く、思わずハンドルを握る手に力が入る。
「この車はガソリンを沢山使います。だけど、祖父がこれと同じ車を乗っていたらしくて」
そうなのだ、この車はかつて世界中で一番売れたスポーツカーなのだ。
貧乏人の乗るポルシェと当時は揶揄されたようだが、小気味の良い駆動にパワー。手ごろな価格のスポーツカーに七十年代の若者達は飛びついた。
反面、今の時代には真逆のコンセプトは社会的にも喜ばれる訳ではない。
「それでも、好きだから乗っているんですね」
ギアを切り替え、アクセルを吹かす。
「そうです! 好きじゃなければ乗らないですよ」
それに旧車と言っても内装にはこだわりを持って改造を行っている。
中々単語が出てこないからミソラには伝えられないけれど、興味津々と言った感じで彼女自身が色々と観察している様子だ。
どうにか単語を思い出し、たどたどしく繋げる。
「きっと、多くの人に受け入れられない車です。けれど好きだから乗ってます」
ゆっくりとブレーキを踏み込み速度を落とす。
今のこの時代、ドライバーが止まれと思えば止まり、動けと思えば動いてくれるのが当たり前だ。
しかしこうして自分の手足できちんと動かす車が本当の車なのだろうなと思う。
つまりは運動なのだ。どんなに信頼性の高い物であっても機械は時に人を裏切る。
できるギリギリの所まで自分の手足を使って動かす事で責任を別の何かに擦り付けたくないと言う私の持論だ。
ふと、そこまで思って助手席のミソラを見る。
目を輝かせて内装を見つめている彼女は、つまりは機械だ。
彼女も人間を裏切るのだろうかと言う邪な感情に駆られる。
とても助手席の少女然とした人形が私を騙したり貶めたり。
そんな事をするなんて思えず、私は逆に笑いが込み上げる。
「? 何かおかしいんですか、マスター?」
いやと私は否定する。エンジンがうなり、減速状態から再び加速する。
そもそもの目的、ロデオドライブまで、もう目と鼻の先だった。

普段から服に頓着しない私だが、状況が状況だけに自らの服も……と言う気にはなる。
無頓着だとは言っても最低限見れるレベルには気にもしているつもりだ。
故に行きつけの店くらいは当然ある。年に片手で数える程しか足を運ばないが。
その目的地はハイスクール時代の友人が経営しているのだが、これがまた随分と変わった人間なのだ。
変わり者の旧友は私の顔を見るなりボヤく。
「全く。またそんなニューヨーカーみたいな格好で出歩いて」
「仕方が無いだろう。それにこの服をデザインしたのは君だ」
ふむと溜息一つ漏らす我が旧友エリザベート。
「して……今日の注文は何だ? またウォール街の連中が着るようなファッションの欠片も無いのを御所望か?」
いやいやと私はやんわりと否定し、ずっと私の背後に隠れるようにしていた少女を紹介する。
ミソラを見るなりエリザベートは再び溜息を付く。
「娘か? いや、君はそんな相手もいなかったな」
「余計なお世話だ」
「いやはや。女と言う線は無いだろう。そんな甲斐性がある男では無いと言うのは私が誰よりも良く知っているさ」
全く持って。それではと彼女は問う。ここからが本題だ
「本当にどんな経緯で連れて来たんだね?」
「遠縁の子だよ。頼る当てがボクくらいしかいなかったらしくてね。生憎と日本語しか分からないので、付き添いだよ」
それ以上は彼女も問い詰める気は無いらしく、まるで品定めでもするかのようにミソラを見つめる。
「成程。レディの買い物に付き合う程度には男になったのだな」
余計なお世話だと愚痴りたくもなるが、今日は一式揃えなくてはいけないのだ。
こんな程度では気が持たない。
「とりあえず、着の身着のままでこっちに着たから色々と服が必要なんだ」
「了解したよ、ミスターレッド。で……」
「ミソラだ。丁重に扱ってくれよ、フロイライン」
「分かっているさ……しかし、運が良かったな。丁度年頃の娘が着るような新作が揃っている」
お互いに懐かしい呼び名で呼び合う中でミソラが目を右往左往させている。
まぁ、あの調子ならば簡単な通訳程度があれば大丈夫だろうと思ったが……そう簡単な話ではなかった。

「ドレスに普段着、寝巻きに下着を揃えただけでなんで新車が買えるほど懸かるんだ?」
青筋を立てながらに問い詰めるも、当然と言う顔でエリザベートは答える。
「君はいくつか勘違いしている。一つ。女性の着る物と言う物は得てしてそう言う物だ」
「認めよう。だが、それだけじゃ納得がいかない」
「二つ。私の店はスーパーマーケットで揃うような服は扱ってない」
「そうだな、世間一般の言うそれよりは安くは無い」
「三つ。私の店は人間が着る服を扱っている」
言葉に詰まる。お見通しと言った所か。
それまで無表情だったエリザベートの顔が険しくなる。
「おい、あの娘はなんだ? 殆どが義肢みたいじゃないか。首の裏に端子まであって腰が抜けそうになったぞ」
私は押し黙るが、ここまで来て疑念を溜め込んだままと言うのも気が引ける。
「込み入った事情なら立ち入る気は無いんだが……そのなんだ」
エリザベートは複雑な表情を浮かべている。
無論それは私も同様で、どう説明すべきか言葉が迷う。
気まずい沈黙を破ったのはミソラだった。
「マスター、この部屋着。物凄く可愛いんですけれど! 似合いますか!」
日本語の流暢な発音が私達以外にいないブティックの店内に響き渡る。
私はそんな彼女の姿を見ると、面倒な事情など全部バカバカしくなってしまい、思わず噴出す。
「ミソラは、彼女は人間ではないよ。けれど、確かにヒトの心を持ってる。そんな気がするんだ」
その言葉でエリザベートは納得したのか険しかった表情を緩める。
「なるほどな……それならそうと早く言ってくれれば良かった物を」
「どうにもな、言い出しにくくてね」
「君の勘違いの四つ目はそれだ」
「どう言う事だ?」
本当にいまさらと言った感じにエリザベートは苦笑交じりに漏らす。
「私はリベラルを自称しているし、差別的思想も持ち合わせていないと自負している。杞憂だったな」
黒人の大統領が生まれてから幾年月。時代は変わったのだ。
それでも保守大国であるステイツに根付いた思想と理念に私も晒された方だった。
ましてやミソラは人間ではない。だがそれも思い過ごしだと、かつての友人は指摘する。
では、その論拠はと問うとエリザベートは言う。
「既に人工知能が当たり前の時代だ。あとは……勘だよ。女のね。たまには信じてみたまえよ、ミスター」
女の勘ほど曖昧な物は無いだろうと皮肉りたくたるも、その顔が真剣過ぎて、不意打たれる。
「かつて愛した男に本気のアドバイスさ。それくらいは許してくれよ」
彼女を変わり者と称したのには理由がある。
こんな私を愛したと言う間違う事の無い事実があるからだ。
「もう十年も前の話じゃないか」
やんわりと否定するが、無意識に動揺が言葉に宿るのが自覚でき、気恥ずかしさすら込み上げる。
もうあの頃になんて戻れるとは思えないと。お互いに分かっているだけに無駄な事だと分かっていた。
「ボクは気分屋で、君は依存が過ぎる。お互いをダメにしてしまう」
「十年前もそう言ってイースターの時に私から離れて行ったな」
無意識に鼻の頭をかく。どうにも言葉が詰まるが、ミソラがそれを打開してくれる。
「もう、マスター! 私が英語分からないからって内緒話は酷いですよー!」
駆け寄ってくるミソラ。どうやら機嫌を損ねてしまったようであるが、ナイスフォローだと内心ガッツポーズを取る。
「どうやら、愛しのご主人を占有してしまってご立腹の様子だな」
「お察しの通りで」
頭の後ろを掻いてミソラにちょっとした昔話をしていたと説明する。
だが、納得がいかないようで更に私は困惑する。
「紳士足るならば、レディの洋服の一つも褒める物だぞ」
すかさずブティックの女店主は助け舟を出してくるので、言うとおりにする。
「ミソラ、とても似合ってますよ。キュート。ベリーキュート」
単純と言うとその通りだが、日本語に関しては壊滅的な語彙の中から捻り出す訳だから仕方が無い。
それでもミソラはちゃんと私の言葉を認識して、途端にはにかんだ笑みを見せてくれる。
弄ぶとか、馬鹿にしたような意味で彼女を褒めた訳ではない。確かにエリザベートの選んだ服はミソラに良く似合った。
だからこそ、女店主に問う。
「なぜだろうかな。こうして喜ぶ姿を見ていると私まで嬉しくなる」
「そうだな……肯定的に捉えるならば親心、と言う奴だろう」
「親? ボクがか?」
「似たような物だろう」
状況の飲み込めないミソラ共々首を傾げてみるが、そんな様子にもエリザベートは笑う。
つまりは、似た物同士と言う事か。鼻の頭を掻いて、そんな事を考えていた。

帰りの車中、助手席のミソラはご機嫌そのもの。
有頂天と言ってもおかしくない程の気分の良さは、ハンドルを握るこちらまで嬉しくなる。
そんな上機嫌で鼻歌まで歌いだす彼女に思わず声をかけてしまう。
「そんなに嬉しかったですか」
「はい、とっても! マスター、本当にありがとうございます!」
安い買い物ではなかった。けれども……そんな彼女の笑みを見ていると、どうでも良くなってくる。
彼女が来て一週間と日は経っていない。
ペットの類とも違う。人の形をしただけの機械。
けれども、そんな事は本当に些細な事のように考えられる不思議だ。
「ミソラ、君は本当に嬉しそうに笑う」
「はい! 本当に嬉しいですから! ……プログラムされた物なのかもしれないですけれど、本当に嬉しいんです」
その横顔に寂しさを覚えてしまうのはきっとおかしな事ではないはずだ。
シフトレバーを握る手に汗が滲む。
なんとか息詰まる空気を打開しようと言葉を練るが、運転をしながらだと単語が出ずにもどかしくなる。
そんな私の心情を察したのか、ミソラは言葉を紡ぐ。
「昔のあたしは喋るのも下手で、こうやって感情を表現するのもできなかったそうです」
思わず息を呑む。考えを読まれているのではと感じて、心臓が止まりそうになる。
意識してハンドルを握っていないと、明後日の方向に飛びそうになる程だ。
「元々喋るため、ではなく歌うためのソフトウェアでしたから、それは仕方の無い話だとは思います。
それでも多くの人達があたしのために、喋るために尽力して下さいました。本当に嬉しい事です」
その頃には研究も進み、従来の常識を覆す人工知能の開発が他の分野で完了していた。
様々な障害や問題は以前として残っていたが、それでもミソラの原型とも言える存在は生み出された。
「きっと、人間と同じように考えたり、感じたり、そんな事は出来ないんです。分かってます」
明るい声色で底抜けに。彼女は自嘲気味に語る。痛々しさすら感じた。
しかし……続く言葉に私は何も言い返せなくなる。
「けれど、あたしは歌が好きですから。歌う事が大好きですから」
カルフォルニアの常夏の日差しが車内にまで降り注ぐ。そんなドライブ。
逆光がたまらなく眩しくて、そんな車内で彼女は80年代を意識したような曲を奏でる。
そして……私は自らの考えを恥じる事になる。彼女は自嘲していた訳ではないのだ。
彼女は歌う。
輝く世界で、駆け抜ける爽やかな風と爆ぜる波は歌う。それはまるで魔法のようだと。
南部訛り……いや、日本訛りの英語の歌詞だ。リズムがエンジンとシンクロし、実に歌声が心地良い。
緊張したハンドル操作から無理な力が抜けていくのが分かる。
しかしながら、まるで空気を読まず、ミソラの歌を遮るかのように甲高いジェット音を放つ二機の戦闘機がブレイクして、上空からこちらを追い抜く。
私にとっては良く見た光景でも、彼女にとっては初めての経験だったのだろう。ソニックブームに驚き、ミソラは即座に上空を見上げていた。
歌の途切れたついでと言うわけではないが、ふと沸いた素朴な疑問を投げかけてみる。
「ミソラは英語は喋れないのでは?」
「これは日本語の発声データを随分無茶な方法で加工した物みたいですね」
思わず溜息が漏れる。確かに訛りはあったが、ちゃんと英語の歌だったから。
「元々は80年代に作られたコンピュータミュージックなんですけれど、00年代にアングラ界隈でアレンジされたのがこの曲のようです」
「ボサノバのようにも聞こえたけれど、コンピュータミュージック……」
不思議と納得がいく。確かに生のバンドでは作り出せない機械的なリズムだった。
補足とばかりにミソラは続ける。
「これは噂のレベルですけれど、伝説のポップシンガーであるマイケル・ジャクソンもお気に入りのゲームの曲だったそうです」
「それは初耳です……無類のゲーム好きだったと聞いた事はありますが」
意外な豆知識も披露される頃にはガレージまでもう間も無くであった。
この日、そんな意外な知識と共に……本当に良い子なのだと私は知る事が出来た。

ジャーナル誌の日本語版を読みながらコーヒーを啜り、株価を眺めている。
染み付いた日課は中々落ちない物だが、そこに新たな要素が加わり以前のソレと比較し、格段に素晴らしい生活であると思う。
簡単な家事程度は出来るようにプログラムされているミソラは、気づけば私のコーヒーを淹れてくれるようになった。
最初の数日はとても飲めた物ではなかったが、今では私の好みを理解したようで、少し薄めに淹れてくれる。
「パーフェクト。素晴らしいです、ミソラ」
しかし、昨日まで飲んでいた物とどこか違うと感じ、ミソラに問う。
「お水を変えたんです。あたしの冷却水を使用しました」
そう言えばと以前読んだミソラのマニュアルに記述されていた内容を思い出す。
彼女の躯体に使用する冷却後の水は排水とは名ばかりで、生活用水として利用可能であるとあった。
「こう言っては失礼かもしれませんが、水に関しては日本は世界一基準が厳しいんです」
そう言えばそうだった。二十世紀の中期には既に水道水がそのまま飲める国が彼女の出身国だ。
だが、念のため重ねて問うた。
「つまり?」
「つまり、生活用水で使用可能と言う事で、飲めるんですよ! とってもエコロジーです!」
ミソラは右腕に開いたスリットを見せて力説している。人間の肌の間から顔を出す機会的なシルエット。あそこから排水していたのかと今更ながらに知る。
「なるほど。それでミソラの排水を使ったコーヒーが少し今までと味が違った。なぜです?」
ふふんと鼻を鳴らし、腕組して、良くぞ聞いてくれましたとばかりにミソラは続ける。なんだか頼もしい。
「マスターが普段から購入しているお水は硬水なんです。で、あたしの排水は比較的軟水。コーヒーがお好きならこの意味がお分かりですね」
「なるほど、今までの水では苦味が出やすいけれど、ミソラの排水では香りや酸味が出やすいと」
「いぇーす、いってぃーず!」
非情に分かりやすい説明に納得するが、新たな疑問も生じ、問うてみる。
「えーっと、ではミソラ。カルシウムやマグネシムは何処に消えました? 魔法でも使ったのです?」
サイフォンを片手に、ミソラは抜かりは無いとばかりに服のポケットをゴソゴソとする。
「そこで取り出したるは、この二つの小瓶でございます」
「これは……カルシウムとマグネシウムの粉末ですか?」
「ご名答です! カルシウムはサプリメントに! マグネシウムは肥料になります!」
江戸の頃からエコロジー大国で知られた日本だが、ここまでとは恐れ入った。
加えて、ミソラの性能にも驚嘆せざるを得ない。思わずコーヒーを取りこぼしそうになった。
が、ミソラの目的はコーヒーを噴出させるつもりだったらしい。
これまた面倒そうな事態になりそうだったが、曰く、ビックリした時に口に含んだコーヒーを噴出すのは定番のギャグなのだそうだ。
きっと日本独自のギャグなのだろうが、流石の私も理解が出来ず、苦笑いしか漏れない。
そんな最中にも株価と先物トレードの奇妙な動きを自然と目が追う。
「? マスター、どうかしました」
なんでもないよと答えてみるが、金属市場銘柄が明らかにおかしい。
特に銅とボーキサイトの値上がりが見て取れる。
サブモニターの株式市場では集積体関連業者の株価が下降している。
外為の状況と比較すれば何が起こっているのか分かるのだろうが、ミソラにそれは遮られる。
「やはり、なにか大変な事が起こっているんですか?」
その顔は不安で満ちていて、たまらず私はそれを否定する。
「大丈夫です、ちょっと気になっただけ。何かが起こる事もないです」
それは虚勢だった。だが、私には言える言葉も無く、仕方の無い話であった。
エリザベートの店で購入したシックなミニスカートを翻し、ミソラは言う。
「良かった、マスターがなんだかどこかに行ってしまうような気がしたから怖くなっちゃいましたよ」
その笑顔が妙に眩しく映り、私は心が揺れる。
不吉すぎる予測。未曾有の惨事の前触れ。そんな悪夢の未来を思い浮かんだままに言うべきか?
しかし、私の抱えるそれはあくまでも仮説であり、最悪のシナリオへの変化はよほどの事が無ければありえない話だった。
杞憂であればと願う。何よりもそんな悪夢を彼女に告げたとて、何が変わる訳でもない。
静かに、されど確実に流動するその動きは私の胸中は薄気味の悪い、まるで溜め込んだ痰のような物を生み出していた。
考え過ぎであろうと捨てさるには至らず、脳の片隅が蠢くのを感じた。
ミソラだけは変わらずサイフォン片手に鼻歌を歌う。そのリズムが余計に私の思考を刺激していた。

今更になるが、ミソラにはメンテナンスと言う行為が、不要と言っても良い程に完成された機械人形である。
外部の汚れに関しては定期的な洗浄……つまりシャワーで済むし、それも我々の物と同じで良い。
内部機能は先述した冷却水のフィルターの交換くらいなのだが、これが一ヶ月に一度。こちらも一時的に躯体の稼動を止めてる間に取り外し、水洗いで良い。
後者に関しては彼女の生まれた国ではニ、三ヶ月に一度で済むらしいから、それは環境の問題だろう。
ハードウェアは物質だから劣化や破損が起こりうる。しかし、ソフトウェアはどうだ。
これが異常なまでに完成されている。確かに定期的にネットワークに接続しているようだが、少なくともアクシデントが起こったのを一切見受けられない。
入出力言語が日本語に限られるのは、彼女の販売・流通経路を考慮すれば当然だとしても、それ以外の部分は完璧だ。
古今東西を通じて数多くのこうした人類のパートナーを自称する人造機は生まれてきた。
その総てを知る訳ではないが、少なくとも私の知る中で彼女の人間に対応する能力は完璧すぎている。
人間染みた反応、行動。機械らしくないその性格付けは人によっては鼻に付く可能性もあるはずだ。
そのエッセンスは総てが計算されているのではと感じるまでに完璧であり、勘繰りもした。
しかしながら、それは一切計算された物ではない事が明らかになる。
もはや日常となったミソラの入れてくれるコーヒーを口付けたある日の事だ。
いつものようにキーボードを弾き、モニターに視線を走らせながら啜ると、明らかに前日までと違う苦味を感じた。
思わずむせ返り、デスクにうつ伏せになるとダイニングから盛大な足音と共にミソラが駆けつけてくる。
が、その彼女も状況が飲み込め過ぎた為なのか、何から話すか混乱している様子で忙しなく両手でパントマイムを繰り広げている。
辛うじて復活した私。まずは第一声をどうにか呟く。
「これ……何?」
日本語を習得中と言えど、酷い放言であるとは思ったが、他に言うべき言葉も浮かばず見事に漏れた。
しかしミソラも言葉が出ない。舌が回らない、と表現するのが適切だろうか。
身振り手振りでとりあえず、落ち着けと伝えてみると意図を察したようで彼女は深呼吸をするような動作の後、頬を軽くはたき咳払い一つ。
「えーっと……粉の分量を間違えたんですよ、はい」
「つまり?」
「マスターの午後以降飲む分も普段は午前中に作ってしまうんですよ」
「その通りですね」
「けれど、今日はお出かけするから作らなくて良いんだなって途中で思い出しまして」
なんとなく読めてきた。そして原因も主に私が理由だ。
「その出かける予定はボクが今朝一番のメールで決定した事ですよね」
彼女に悪気があった訳ではない。概ねが私が原因だ。
メールの送り主を急かした結果が今朝の状況だ。
さらにコーヒーを作っている最中に彼女に話しかけたのも私だ。
彼女を混乱させた原因は間違いなく私にある。
そう思えばこの苦いコーヒーも納得が出来る。
安い授業料だ。
そうだ。彼女がいなければ私の日本語も上達する事は無かった。
一般的な日本人の男性は口語での一人称は『ボク』文語では『私』が良いだなんて彼女がいなければ分からなかったのだ。
「感謝はしてこそ、怨むなど持っての外ってね」
呟く私に何事かと問うのでなんでもないと返すが、怪しいなと勘繰るミソラに本当になんでもないんだと笑いながら再びモニターに目線を移す。
流石にモニターに向かう私に声をかけて来る程に空気が読めない訳ではない。
「もう、本当にマスターはお仕事大好きなんですから」
お仕事と結婚しちゃえば良いんです、なんて言う言葉にちょっと胸が痛みもしたが、まぁ仕方があるまい。
推移する状況に視線を走らせて、私はキーボードを叩く。
相変わらず奇妙な予感をさせる先物取引価格。一切の兆候を見せない株式市場。
一体何が起こっているのだと好奇心と猜疑心が渦巻いているのだ。
しかし、その行き着く先は見えない。苛立ちを募らせながら異常に苦いコーヒーを口にしていると、気付けば出かける時間は間も無くだった。

クラッチを切り、シフトノブを四速に入れる。
何気ない、いつも通りのその操作に助手席のミソラは呟く。
「不思議ですよね、車って」
突然の抽象的なその言葉に私は疑問符を浮かべざるを得なかった。
「えっと、どういう意味で?」
「ちゃんと操作すればその通りに動いてくれるって意味ですよ。
キチンと整備してあげていれば、そうやって動くようになってる。
マスターの運転とこの子の動きがシンクロしてて、まるでワルツみたい」
彼女のその言い回しにはジェラシーを感じさせた。
事実、私はこの車を愛しているし、何よりも運転していて心地が良い。
しかしながら彼女と車は同列に並べる物なのだろうか?
私の中の少年のようないたずら心が活発になる。
「ミソラの事だって好きだよ。ボクはそう言う区別はしていないさ」
クラッチを再び切って一気に五速、六千回転。周囲を走る車両もまばらで、アクセルを踏み込む。
らしくも無いなと思い、フォローを入れようとすると、彼女は静かに呟いた。
「マスターは……いじわるです」
一瞬、泣かせてしまったのではと感じて胸が痛んだ。どうにか返そうとするが、彼女は続けて言う。
「男の人っていくつもの愛を持ってるって言いますけれど……それ、ずるいです」
なにやら盛大な勘違いをしているようで、私は笑わずにはいられなかった。
「女の子と車を一緒にはしていないさ、ボクは」
「だって!」
彼女は俯き、そして意を決したように言う。
「だって、この子の名前は『究極の貴婦人』でしょ?」
合点が行く。同時に盛大に噴出し、危うくスピンする所だった。
「なッ!?」
「いやいや……すまない、ミソラ」
そう言いつつも私は高笑いを続けてしまう。
三速に落として、巡航しながら私は答える。
「ミソラ、君は君自身が思う以上に女の子なんだ。だからそう言うのは良くないぞ」
「ですけれど!」
「少なくとも機械に嫉妬は良くない」
なんとなくそうなんじゃないかと思ってはいたから、私は強い口調で言う。
しかしながら、流石に言いすぎだっただろうか? 私自身も押し黙る。
「良い車に乗っている時、男性は最高の女を抱くよりも気持ちが良いんだって聞いた事があります」
それは彼女の自然な言葉だ。真正面を見据えて私はアクセルを吹かし続ける。
「マスターが運転している時って普段以上に楽しそうなんですよ……嫉妬くらいしちゃいます」
この子は……ミソラは実は機械の体なんかじゃなくて、人間その物なんじゃないか。
私が何者かに騙されて、あるいは生まれながらに視覚かどこかの感覚器がおかしくて、彼女を機械としてしか認識できないのではないか。
そんな気分に駆られてしまう。十数年前にも味わった胸の高鳴りは私がおかしいからなのか?
いや、仮に彼女が人間であったとしても、これでは歳の差がありすぎる。
……私は何を考えているのだと我に返る。
間も無くして、私は今朝のメールの送り主の店に愛車を止めた。

「やぁ、エリザ」
「懐かしい呼び名だな。どうした、若返りでもしたのか?」
「そんなんじゃないよ。ただ、今朝のメールの内容がそんな感じだったからね」
からからと笑う女店主であったが、私の後ろに付き添う少女を見て、そんな様子を一変させ、そして私を平手打ちした。
それは完全に不意打ちで、一瞬何が起こったのか分からなかった。
「オイ、このろくでなし。彼女に何をした? 事と次第によっては今後一切、貴様を紳士とは呼ばんぞ」
酷い言いがかりだと思ったが、背後のミソラを見て私はしまったと悟る。
車中での気まずいやり取りを彼女はそのまま引きずっているのが明らかであるその表情に私は凍り付く。
慌ててミソラの頭を撫でて、一言謝る。
そして、女店主に私は告げる。
「言い訳くらいはさせて貰えるかい?」
フンと鼻息一つ。一片でも疑う余地があれば、店から追い出すぞとその表情は告げている。
「彼女曰く、ボクが運転している時があまりにも楽しそうに見えるそうだ」
「そうだな……ハイスクールの時に誰よりも早く免許を取得して車を買った貴様だ。楽しそうに見えるのも仕方が無い」
「その表情が、自宅で彼女と話をしている時よりも楽しそうなんだそうだ」
「ふむ……確かにそれは分からないでも無い」
エリザベートの額に青筋が浮かぶのが見て取れるが、兎にも角にもと説明を進める。
「それで……どうにも彼女が私のゼットに嫉妬したらしい」
「ゼットとは……ああ、あのブルーのクーペ」
「そうだ、今日もそれでここまで来た」
無論その程度は納得いかないようで、私なりの推論や考えも付け加える。
そんな言い訳に耐えられなくなったのか。
エリザベートは俯きがちになり、表情は見えないが、少なくとも……私は責務を果たしたはずだ。落ち度は無い。
間も無くして彼女は無表情のまま、私に近寄り、吐息の掛かる眼前まで迫る。
「ミスター・レッド。君は本当に女を泣かせるのが得意だな」
「それは褒め言葉……じゃないな、どう考えても」
「そう言う事だけは良く分かるんだな、破廉恥者」
直感的に歯を食いしばり正解だった。
淑女が口にするとは思えないスラム生まれのスラングと共に私は張り倒され、盛大に転がったが、口の中が切れるまでには至らなかった。
「今日が定休日であった事を神に感謝するんだ、ミスター」
「全く持ってその通りだな、フロイライン」
余計な恥をかかずに済んだのは幸いだ。そんな私に駆け寄り、ミソラは抱き起こしてくれる。
「よく出来た娘さんじゃないか、本当に。こんな子、中々いないぞ」
本当だ。私にはもったいないくらい良く出来た子だと思っている。
ミソラの手も借りて立ち上がると、エリザベートはさらに続ける。
「全く、年頃のレディに直接嫉妬だとか言う物ではないぞ」
「その通りだな、エリザ。良い勉強になったよ」
乙女心と言う物は傷付けると手痛い目に合うと言う事くらいは分かっただけでも安い物だと言う事にしよう。
襟を整え、ミソラに大丈夫だと告げると、溜息一つの後、目の前の女店主は店の奥へと向かう。本題に入ると言う訳だ。
「暫く服でも見て待っていてくれ。物を取ってくる」
そこまで告げられ、やっとこちらも気が抜ける。久々に見た本気の彼女はあの頃と変わらず、肝が冷え縮んだ。
「リリーさん、なんですって?」
……彼女はミソラにはそう呼べと言っているのかと知り、乾いた笑いが漏れる。
なんだか笑ってばかりだなと思いながらもミソラの問いに答える。
「まぁ、その……少しは女の子の扱いに上手くなれって」
「ごもっともです」
「反省してます」
「本当ですか?」
妙に気恥ずかしい。仕方が無しに本当だと、答えれば、見上げるようにミソラがこちらを覗いてくる。
思わず、一歩後退してしまうが、即座に彼女は一歩詰め寄る。
これは先ほどの車中よりも緊張するなと思っていた所で、我が旧友が割り込んで来てくれる。
「何をしているのかね、君たちは……」
ナイスタイミングだ、エリザベート女史。
無論、私はこのタイミングを逃す事無く、彼女に話しかける。
「すまないな、エリザ。こんな無茶な工期で頼んでしまって」
「全く持ってその通りだ。もう少しマイスターを敬いたまえ」
不平を漏らしながらも、彼女の顔その物はとても満足が行ったと言わんばかりで、その出来栄えには期待するしかない。
少年のように喜ぶ私に対し、頼もしきマイスターはそれを手渡しながら耳打ちする。
「それよりもだ……タイミングを見誤るなよ」
「分かっているさ。同じ失敗はしないと約束する」
「頼もしいな、レディキラー」
ブラックなジョークで返されるも笑顔で切り返す。
私とて、かつての失敗から学んで入るのだ。
「さて、ついでと言っては何だけれど……ミソラに似合う服を探しているんだ」
さり気なくを装い、ミソラに話を振る。だが私も甘い。英語で話しかけても彼女はそれを認識できないのだ。
「ミスター、フロイラインは何の事だか分かっていないぞ」
思わず呻く。だが、流石に彼女も学習したのか、ニュアンスは認識したようで、目を輝かす。
女店主もどうぞと言わんばかりに笑顔をミソラに向けている。
「好きなのを選ぶと良い。お詫びと言う訳でも無いけれど、私なりの誠意だよ。こんな事くらいしか出来ない主人で済まないな」
自嘲めいた私の提案だったが、ミソラは首を振って否定する。
「マスター……ありがとうございます!」
彼女の笑顔は私まで嬉しくなる。鼻歌交じりに色とりどりの服の中を彷徨う姿は、さながら蜜を求めるハチドリのようだった。

結局、ミソラが選んだのは白のワンピースドレス。一見、地味にも見えるそれは、ふわりと踊るスカートが印象的に映った。
随分と彼女も気に入ったようで、アップテンポのポップスなどを口ずさんで踊っている。
「私の服はセンスが良いだろう」
我が盟友にしてこのブティックの女店主は何をやらせてもセンスの光る人間だったが、この時ほどそれを感じさせる事は無かった。
まるで最初からミソラが着るために用意されたようなデザインに心を奪われる。
先ほど殴られた頬の痛みすら消えていた。
それほどまでにドレスを着た彼女は魅力的だった。
「よく似合っているな」
「ああ、まるで天使だ」
「君にはもったいないくらいだ」
「そうかもしれないな。否定はしない」
「謙遜するな。君とて彼女に合う男に見えるぞ、私には」
おかしな会話だった。
未婚の大人二人が揃って相手の子を見るかのように語る。
私たちは娘がいる訳でも、ましてや結婚すらしていない。
おまけにその娘は人間でもないと言うのにだ。
大真面目に彼女に見惚れていた。
「彼女はヒトだよ」
突然彼女は呟く。
「確かに君ほどには接していないし、言葉も通じない。しかし、分かるんだよ。
こうして何人もの少女達を見る機会の多い仕事をしているからかな。
ミソラはそうした少女たちとなんら変わらない。ただ、ほんの少し生まれが……そうだな、なんと言えばいいのだろうな」
エリザベートは少し悩みながらに単語を探している。
その感覚は分からないでも無い。
「……ちょっと授かり方が違ったんだよ」
茶化す気も起きなかった。
歌うためだけに生まれたはずの彼女は、気付けば生活に馴染んで、私たちの心に潤いを与えてくれた。
そして、彼女自身も私たちとなんら変わることの無い、下手をすれば余人のそれよりも豊かな心を持っていた。
「詳しくは私は知らんが、彼女のような存在が何人も世界中にいるのだろう?」
「三桁もいないらしいが、そう言う事らしい」
得心が言ったと言う表情でエリザベートは続ける。
「素晴らしい世の中になったな。人類はまだ希望を生み出せている」
私は大きく頷き、満面の笑みで歌い踊るミソラを見つめていた。

それはエリザベートの店から帰宅し、ガレージに愛車を入れたタイミングだった。
雲一つ無いカルフォルニアの空には西に傾く太陽だけがあり、オレンジ色の光だけがガレージに射し込んでいた。
Zは西日を受けて、ミッドナイトブルーの車体が淡い紫に見える不思議な時間だ。
既に降車していたミソラだが、その視線はずっと遠い西の空を見上げていた。
「? ミソラ、どうかしたのか」
私の問いかけに静かに振り向くと、いつもの笑顔がそこにあった。
「太陽なんか見つめて、サンダーバードでも飛んでいたのかい?」
「いえ……あんまりにも夕焼けが綺麗だったから」
常夏の風に吹かれ、その長い髪と共にオレンジに染まったワンピースが揺れる。
その姿に私は完全に釘付けになった。
静かに風に吹かれ、やがて彼女は歌いだす。
それは……私の知らない歌だった。まるで全てを包むような、優しい歌声と急かす事の無いゆったりとしたメロディが響き渡る。
知らない歌のはずなのに、どこかで聴いた事がある。聴いた覚えがある歌だった。
ミソラが歌い終えた後もその余韻がまるで体中に染み渡るようで、動く事すらままならなかった。
「ミソラ、今の歌は?」
どうにかして言葉を紡ぐ私に、ミソラは静かに答える。
「赤とんぼって言う童謡です。ご存じないですか?」
赤とんぼ? ドラゴンフライ? 途端に不吉な印象を受け、それが顔に出てしまったが、ミソラは否定する。
曰く、トンボは日本では稲穂を表す縁起物の昆虫なのだそうだ。
前にしか飛べないからサムライが好んでいたとも。トクガワの武将の一人もトンボ斬りなる槍を振るっていたとも彼女は語る。
「世界的にもトンボに対するイメージが強い文化は日本くらいでしょうね」
ごめんなさいと少しはにかんで見せた。
「赤とんぼと言う歌はかつての日本の秋空を歌った歌なんです。今日は夕焼けがとても綺麗ですし、凄く嬉しい事がありましたから」
帰りの車中でも気分良く色んな曲を彼女は歌っていた。おかげでとても気持ち良く運転もできた。
タイミングは、今しかない。
「ミソラ、これを受け取って欲しい」
ポケットにしまっていた小さなケース。
開けても良いのかと見上げてくるミソラに一つ頷き返す。
そこにあったのは掌に乗るほどのペンダント。
中央にダイヤモンドにも似た輝きの、エメラルドグリーンの宝石。
「デマントイド……ですか?」
「うん、少し格は落ちるけれど、大粒のが出てね」
ガーネットの一種で中々大粒の物は産出されないのだが、エリザベートが懇意にしている宝石商から手に入れたものだと言う。
話を聞きつけて、多少強引ながらも交渉し、手に入れた物だ。
「これを……私に?」
もちろんと答える。
その色合いからミソラにどうしてもプレゼントしたかったのだ。
肩を震わせて私を見上げる少女の顔には喜び、混乱、驚き、様々な感情が入り混じっていた。
どうして良いのか分からないと言った彼女を、私は静かに抱き寄せた。
そこで私は初めて知る。
「ミソラは暖かいな」
まるで人間みたいだと。
「れ、冷却水の循環が悪くなってるんです……は、早くフィルター交換しなきゃ」
「そうだな」
ガレージの外では西日が地平線の彼方に差し掛かっていた。
やがて、闇が全てを見えなくしてくれる。
だから私達はその闇が訪れるまでガレージの片隅でそうしていた。

動いた時は……既に遅かった。
少なくとも状況は覆せない、どうしようもない地点にまで到達しており、世界が再び絶望に包まれるのも時間の問題だった。
私は最低限の荷物をトランクに詰め、ミソラも着の身着のままで連れ出そうと家を飛び出した。
が……それが許される事はなかった。
ドアを開いたその場には物騒な戦闘服を纏った男たちが三人。
息を呑んだ。
「何かね、君達は?」
「特殊作戦軍の者です。参謀長命令でお迎えに上がりました」
言ってる事とやってる事がどう見てもちぐはぐだ。
「銃口を向けて迎えに上がれとママンに教わったのか?」
皮肉を口にしたが、彼らは微動だにする事は無い。
仕方が無しに両手を後頭部に回して組み、要求に従うが……ミソラは後ろに待機していた連中が別に連行を始める。
「待ちたまえ、彼女は私の付き添いだ」
私より一回りはある背丈の白人兵士に言うも、聞き耳など持ってはいないようで、今度は立ち止まり怒鳴りつける。
「彼女の保護者は私だ……何処に連れて行くつもりだ!」
そうこうしているうちにミソラは口を塞がれ、四肢の自由を奪われ、私とは別方向に連れ去られる。
反射的にミソラに向かって駆け出すも、即座に私も拘束される。
「ミソラァァッ!! ミソラァァァァァッ!!」
体面すらかなぐり捨て、獣のように吼え、叫んだ。
絡め取られた腕が千切れる程に振るい、両の脚を大地に打ち据えた。
そして……乾いた火薬の唸りが早朝のカルフォルニアの空に響いた。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://scarletshow.blog112.fc2.com/tb.php/28-18eba00c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad